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■新・平家物語(二) 

第二巻は、保元の乱から平治の乱まで。

この2つの乱を通して、貴族から武士へと時代の主役が移っていく様子と、それに伴って勢力を伸ばしつつある平家の興隆が描かれています。


院と朝廷、摂関家内部の権力争い、源氏と平氏。表面にはなかなか見えてこなかったそういう不穏な空気が、鳥羽院の死によって溶岩のように一気に噴き出す。生前鳥羽院に押さえつけられ鬱屈していた崇徳院は藤原忠実とその子頼長らと結託し、政権を奪取すべく後白河天皇に対して反旗を翻す。



保元の乱。
著者は「まことに、保元の乱を書くことは苦しい」と述べています。
それは、崇徳院と後白河天皇が兄弟であったのみならず、院側の藤原忠実と天皇側の忠通は親子(頼長とは兄弟)、院側の平忠正と天皇側の清盛は叔父と甥、院側の源為義と天皇側の義朝は親子、というように、同じ血族の中でも対立構造が生じ、殺し合わなければならなかったという現実があるから。
それも真に憎しみ合っているというのではなく、抗い難い時代の大きな流れのようなものによって、そうならざるをえなかったという、哀しさ。

そして敗れた崇徳院のいたわしさ。
一時は天皇にまで昇りつめたというのに、父である鳥羽院に疎まれたために弟(近衛天皇)に半ば無理矢理譲位させられ、次は自分の息子に皇位が回ってくる順番のはずが、結局それも裏切られ......。
最終的には讃岐へ島流しに処され、そこで一生懸命したためたお経を父・鳥羽院の墓に埋めて欲しいと都に送ったのも、そっけなく突き返されるという始末。
そりゃあ世の中を呪いたくもなるというもんです(笑)。



保元の乱の後、それまで特に目立つところのなかった藤原信西が急速に頭角を現します。
そしてそれに対抗する勢力が現れ、再び戦乱(平治の乱)へ。
これを経ていよいよ平家の力が強大になっていく。

というところで、第三巻に続きます。





新・平家物語(二) (吉川英治歴史時代文庫)新・平家物語(二) (吉川英治歴史時代文庫)
(1989/03/24)
吉川 英治

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