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MOTTAINAI 

「色の白いは七難隠す」と女の子の場合は言いますが(今は言わないか)、男子の場合は「背の高いは七難隠す」じゃないでしょうか。

少なくとも自分はそう思います。

街中で男ウォッチングをする時、やっぱり背が高い人って目を引くんですよね。
しかも、よく見りゃそれほどイケてない人ですら、背が高いという一点で「そこそこイケる」レベルまで昇格するのが不思議。

別に自分は背が高い人じゃないと駄目というわけでもなく、低くても全然構わないんですけどね。
そんな自分ですらそう思ってしまうのだから、高身長というのはやはり魅力の一つではないかと思うのです。



ただそこで言いたいのは、背が高いということに胡坐をかくなということ。
結構多いのです。
せっかくの高身長を無駄にしてる愚か者が。

アンタ、背も高くてスタイルいいのに、なんでその服のチョイス?!
もう少し清潔感のある髪型に出来ないの?!
なんでそんなブサ○クな女と付き合ってるの?!(これは好みの問題か)

なんて言いたくなることもしばしば。


ホントMOTTAINAIです。
宝の持ち腐れという言葉すら脳裏に浮かびます。


これを読んで「あ、オレのことかも」と思ったあなた。
今すぐ自分の人生を考え直しなさい!(何様)

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ミドリカワ書房 

最近友達に、ミドリカワ書房っていうアーティストを教えてもらったんだけど、「恍惚の人」っていうのがまた切ない曲でね。





この曲は認知症(いわゆる老人ボケ)のことを題材にしてるんですが、他にも万引き、整形、ひき逃げ、死刑なんかを扱った曲があるらしい…。

これからハマるかどうかは別として、面白そうな感じはします(笑)。
でもPVとセットで聴かないと、面白さが半減するような気がしないでもないような…。


ちなみにその友達(ゲイ)は、ミドリカワのことがタイプらしいんですが、自分には理解できません(ゴメン)。


公式サイトで色々試聴→http://www.mido-shin.com/index.html


てっきりインディーズかマイナーなレーベルの人かと思いきや、まさかのSME。
懐が深いのか、本当に売れると踏んでるのかは不明。

同窓会 

同窓会って行かれたことありますか?

自慢じゃないですが、僕は一度もないです。
文字通りたったの一度も。

昔、中学校の同窓会(学校挙げての大きな会だったような)が開かれるという話があったんだけど、それが理由は忘れたけど中止になって、それ以来同窓会というもの自体に縁がなくなってしまいました。


でも正直、別にどうでもいいんです。同窓会なんて。
だってきっと行かないから。
特に高校の同窓会なんて。


自分がセクシャリティに関して悩むようになったのは大学時代になってからなんですが、高校生の頃にもぼんやりとそういう悩みはあって(ほとんど無意識下で)、そのせいかあまり他人と深く関わらない生活を送ってました。

だから、はっきりいってあんまり友達もいなかったんです。


もちろん休み時間に話したり、休みの日に遊ぶ程度の相手はいたけど、それでもごく浅い付き合いでした。
現に、高校時代の友達との繋がりなんて卒業した途端、まるで何事もなかったかのように消えましたから。

部活してなかったのも良くなかったんでしょうけどね。


そんな自分にとって、同窓会なんて何ら魅力を持つ言葉でもなく、きっと招待されても行くことはないだろうなと思うのです。




あ、でも、こんな同窓会だったら行ってみたいかも。

これまでのゲイライフにおいて、自分が出逢った人々がみんな集まる会。
付き合った人はもちろん、友達、過去に○○場なんかで出会った人、ネットで出逢ったその場限りのエッチ相手…。


…いや、やっぱりこれも要らんわ。

100円っていいよね 

うう、何だか体調が悪い…。
どうやら夏風邪かも…。

そんな感じの夏の終わり。


さて、100円自販機大好きっ子な僕なんですが、最近うちの近所に見つけた100円自販機がやたら種類が充実してることに気がついて、ルンルン気分(絶滅語)なのです。


自販機


写真では写しきれてないけど、上の段には緑茶、麦茶、ウーロン茶、紅茶と各種お茶がそろっています。


100円自販機の何が好きかっていうと、「えっ、500ミリのペットボトルなのに100円でいいの?!」という驚き&喜びに浸れるから。

まあ、今どきドラッグストアなどに行けば、500ミリのペットなんていくらでも100円で売ってるんですが、自販機で100円というのがポイントなのです。

一つ難を言えば、どちらかというと二流(と思われる)メーカーの飲料が多いため、味がイマイチな点なんでしょうが。


そういえば昔、鶴橋かどこかの自販機で、同じく500ミリのペットが70円っていうのがあったなー。
あれで儲かるんだろうか。

今でもあるのかなぁ。
行ってみたいような、そうでもないような。

向き・不向き 

結婚情報誌(?)『ゼクシィ』のCMで、斉藤和義の「ウエディング・ソング」が使われてますよね。

以前は斉藤和義本人が歌ってるバージョンが流れていたんですが、気になるのは最近のバージョン。


たぶん、披露宴の余興で、花嫁の女友達数人が歌ってるという設定だと思うんですが、それを聴く度に、この歌は合唱に向いてないなぁと思い知らされるのです。

ていうか、斉藤和義の歌ってどれもこれも合唱向きじゃなくない?(笑)

シンガーの中でも割と個性的な方に属する人っぽいし。



ちなみに自分の中では彼ってスガシカオとか山崎まさよしと同系統のアーティストなんですが、他の2人ほどパッとしないのは何故?

地味だから?
やっぱり見た目が小汚いから?(笑)

でも歌はカッコいいですよね。
ベストぐらいしかCD持ってないけど、「歩いて帰ろう」とか「彼女」とか「FIRE DOG」とか、好きな曲も多いです。

だからといってブレイクするとは思わないけど、もう少し売れてもいいんじゃないかなと思ってしまいますね。


Golden DeliciousGolden Delicious
(1998/12/02)
斉藤和義

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私の夢 

テレビを観ていて、思わずチャンネルを替えたくなるぐらい緊張する場面があります。

それは、クイズ番組なんかで正解した時とかによくある、ハイタッチしようとする場面。


我ながら呆れるぐらい小心というか心配性だと思うんですが、もしハイタッチしようとして相手に気づかれずにスルーされたらどうするんだろうと心配になってしまうんです。

同じ理由で、握手を求める場面も苦手。
もし気づかれなかったらと思うと、ドキドキが止まりません。


別に自分がそんな目に遭ってるわけじゃないんだから、落ち着いてテレビを観てればよさそうなものなのに。



きっとそれは自分が、陰と陽でいえば陰、明るいと暗いでいえば暗い、ポジティブとネガティブでいえばネガティブ、積極的と消極的でいえば消極的な人間であるからという理由のためかと思われます。

つまり、自分という人間がいかにハイタッチ(に代表されるハイテンションな喜びの表現方法)と縁がない人生を送ってきたかということではないかと。


もっと直接的な言い方をすれば、分からないのです。
ハイタッチのタイミングが。

だから、テレビでそういう場面を目にすると、それを自分に置き換えてついつい考えてしまい、もしや失敗するのではと想像してしまって、勝手にドキドキして目を塞ぎたくなる。
そんな馬鹿馬鹿しい現象が、僕の脳内で起こっているに違いありません。



このままじゃいけない…。
自分もハイタッチという欧米の(?)陽性の感情表現に慣れなくては…。


そこで、今日からハイタッチ自主練を開始することにしました。

朝晩ハイタッチ素振り20回。
前から歩いてくる通行人相手に、脳内ハイタッチ。
ハイタッチ通信教育講座にも申し込もうと思ってます。


今年中にハイタッチ1級試験に合格するのが私の夢です。
そして目指すは全国ハイタッチ選手権出場!

皆さん応援してくださいね。

社交界はいずこ 

よく耳にするけど、実際どんなものか分からない。
それだけに興味津々。
そういうものってありません?


自分にとってのそれが、「社交界」。


一体どこに存在するのか分からないけど、この世界のどこかに確実に存在するであろう「界」。
それが社交界。

ちなみに自分の周りには、社交界に関わりのありそうな人なんて皆無なんですが、それはやはり生活レベルの低さに起因するのでしょうか?
それとも何か特殊な条件が必要とされるとか…?


そこで自分なりに、社交界にデビューするための条件を考えてみました。


まずダンス。

「社交ダンス」という名称があるぐらいですから、きっと社交界において必要不可欠なものであるはず。
どのぐらいのレベルのダンス力が要求されるのかは知りませんが、軽くステップを踏むぐらいは出来ないと駄目でしょうね。



次に英会話。

社交界というからには、様々な人種の人とと社交する場であるはず。
そこで必然的に必要となってくるのが、万国共通語である英語。
こちらもどれぐらいのレベルまで要求されるのか分かりませんが、まあ日常会話程度は出来ないとお話にならないでしょう。

ただ、ある程度はジェスチャーで伝えることも可能だと思われるので、ルー大柴レベルで大丈夫かと。



そしてエスプリとウィットに富んだ会話。

社交界といえば上流階級の証。
そんな場でオヤジギャグやブラックジョークが通用するはずもありません。
もちろん『エンタの神様』の話など、口が裂けても言うべきではないでしょう。

小粋なウィットこそがその場にふさわしい、場を和ませる潤滑剤の役割を果たしてくれるに違いありません。

これもルー大柴レベルで大丈夫なんじゃないでしょうか。



最後に、これが最も重要ではないかと思うんですが、やはり家柄。
うちに社交界からの招待状が届かないところを見ると、やはり家柄というものが社交界への道を繋いでくれる条件のように思えてなりません。

ただ、やはりセレブ(というか有名人)であれば、その条件も特別にクリアできそうな気がします。

ということで、これもやはりルー大柴レベルの知名度があれば十分でしょう。





…ルー大柴、侮りがたし。

真実の耳 

ある男が言いました。

「もう嘘なんてたくさんだ。オレは真実だけが知りたい。本当のこと以外聞きたくない!」


それを神様がお聞きになり、男に言いました。

「そんなに真実だけが知りたいのなら、お前に人の本音を聞くことの出来る耳を授けてやろうか」


男は願ったり叶ったりとばかりに、喜んでその話を受けることにしました。
そして早速新しい耳に取り替えてもらったのです。


するとどうでしょう。
その途端、男の耳には周囲の人の悪意が泥水のように耳に入り込んできたのです。



あいつさえいなければもっと出世出来るのに…。


さっき肩がぶつかったやつ、今度会ったら殴ってやる。


あんなブサイクな女にあんなイケメンの彼氏がいるなんて、納得できないわ。奪い取ってやる。


あー、前をちんたら歩いてるジジィ邪魔!さっさと脇にどきなさいよ。轢き殺すわよ!



「人間とは何と醜い生き物だろう…」

男は絶望し、その日のうちに自らの命を絶ってしまいました。

■巷説百物語 

ここ数日、『巷説百物語』シリーズを再読してます。



ああ、百介になりたい!!

又市やおぎんと旅したい!!

そして又市の仕掛けのお手伝いがしたい!!





なんて言っても、この本を読んでない人にとってはちんぷんかんぷんだと思うので、少しあらすじを説明しますと。


まず舞台は江戸時代後期。
百介というのは、ある大きな商店の養子なんですが、跡をつがずに若隠居の身分に甘んじている人なんです。
それがひょんなことから、裏の世界の住人である又市、おぎん達と知り合って、共に旅をしたり、又市の仕事の手伝いをしたりすることに…。

その仕事とは、簡単に言えば人を騙すこと。
人の世における、にっちもさっちもいかないことを、妖怪などの仕業ということにして八方丸く治めるという仕事なのです(説明が下手すぎてすいません)。

その嘘というのが、それこそ個人を騙すような小さな嘘から、一つの国(江戸時代でいう国)全体を巻き込むようなものまであって、面白いのです。


そして、このシリーズの裏の魅力といえば、又市と百介の怪しげな関係(笑)。

この2人、自分の勘では間違いなく愛し合ってますよ。
体の関係はともかく、絶対お互いに好きだったはず。
って、お前は腐女子か。

でも、本当にそう思っても仕方がないような記述が多々あるんです。
まあ、気になる人は読んでみてください(笑)。



それにしても又市カッコいいわー。
小説の登場人物に惚れたかも、久々に。


もしこのシリーズをドラマ化するなら、又市役は渡部篤郎かなぁ。

って、実は既にドラマ化されてるんですけどね。
しかも主演渡部篤郎で(笑)。

でも、その情報がなくても、じぶんはきっと渡部を選んでたと思います。
だってイメージにぴったりだから。


ここまで語っておきながら実はドラマ観たことないんですけどね(笑)。

一度観てみないとね。


巷説百物語 (角川文庫)巷説百物語 (角川文庫)
(2003/06)
京極 夏彦

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ちなみにこれ、一応妖怪小説ですが、本物の妖怪は全く出てきません(笑)。

Old Head 

最近あるブログで、「できちゃった婚」という言葉はよくないので「授かり婚」に言い換えよう、という記事を目にしたんですが、自分はちょっとそれには違和感を感じてしまいました。

確かに子供を授かるということ自体は素晴らしいことだし、祝福されるべきめでたい出来事だと思います。

法律上の婚姻という形式(いわゆる入籍)を採っていなくても、事実上の婚姻状態にある人たちはいくらでもいるし、子供が出来た時点では恋人同士だったとしてもほとんど結婚してるような状態のカップルもいます。


ただ、その一方で、別に子供なんて欲しいと思ってないのに面倒だから避妊していなかったために、妊娠してしまったというケースも多々あるんじゃないでしょうか。
お互い結婚生活の準備すらしていない、そんな生活状態でもなく覚悟もないカップルの間に生まれた子供は果たして幸せなんでしょうか。


もちろん何が幸せかなんて人それぞれだし、「できちゃった婚」で生まれた子供でも、幸せに暮らしてる子供はいくらでもいるんだろうけど、思わずそんなことを考えてしまいます。



よく芸能人なんかができちゃった婚をして、記者会見なんかをするときに、取り囲んだ芸能レポーターがわざとらしく「おめでとうございます!」なんて言ってるのを見かけます。
あれを見るたびに、何かしら心に引っかかるものを感じてしまう自分がいます。

確かに子供が出来たのはおめでたいことなんだろうけど、一時の快楽のために予想外の妊娠をして、仕事キャンセルして周りの人間に迷惑かけまくって、それでも無条件に「おめでとう」なんて言えるんだろうか。

堂々とカメラの前で「私たちは結婚していないのに、避妊が面倒だったし、気持ちいいので中出ししました」って言ってるようなものなのに、恥ずかしくないんだろうか(見方が偏りすぎ?)。



念のため繰り返し言っておきますが、何もできちゃった婚が全て悪いと言ってるのではないですよ。
子供が先か結婚が先か、なんて本当はどちらでもいいことだと思うし。
ただ、命を授かるという重大なことに関して無計画すぎるのはどうかと…。


まあ、今の時代、こんなこと言ってたら古い人間と思われそうですけどね。

こんな夏休み 

学校が盆休みに入り、今日は久々のまる一日休日。

7月下旬以来かも。
一日オフ。
ある意味僕の夏休み。

そんな貴重な休日をどう過ごしたかというと…。



朝7時過ぎに起きてシャワーを浴びて朝ごはん食べて、

少しネットしてから昼頃まで勉強したり本読んだりし、

昼にそうめん食べてから近所の本屋へ行き、

『犬夜叉』と『鋼の錬金術師』の最新巻を買い、

TSUTAYAで久保田利伸 meets KREVAの『M☆A☆G☆I☆C』を借り、

家に帰ってマンガを読みふけり、

また少し勉強してから夕飯を食べ、

そして今に至る…みたいな。



充実してるようなしてないような。

我ながら地味だわ…。

神に近い存在 

今日もいつものように学校へ。

さて、うちの学校、以前はエアコンが効きすぎて寒かったんですが、最近は割とちょうどいい感じだったんです。
だもんで、ついうっかり油断して、いつも持参している防寒用の薄手の上着を持って行かなかったのが悲劇の始まりでした。

猛暑日が続く中、どうやら学校側もエアコンの温度を普段以上に下げたらしく、Tシャツの下にタンクトップを着てるだけの自分には、誇張なしに凍えるんじゃないかと思うほどの寒さ。
半袖からはみ出た腕をさすりながら講義を受けるほどでした(他にも同じような人もいた)。


たまりかねた僕は、教室の温度を上げてもらうべく、昼休みに学校の各種受付カウンターに申し出に行きました。

ところが、受付にいた女性に「すいません。あの…」と言いかけた瞬間、「少々お待ちください」とこちらの顔も見ずに冷たい返答。
確かに他の仕事をしてるのは分かるんですが、そんな手間をかけることではないのに、と思いつつ仕方なく少し待ってました。

でもずっとそのまま放置状態が数分続いたので、諦めてその場を無言で離れた僕は強硬手段に出ました。


そう、勝手にエアコンの温度を上げたのです。

実は教室の外の廊下にエアコンのスイッチがいくつも並んでる場所があって、触ろうと思えばいくらでも触れるんですが、「エアコンの調整はスタッフまで」という注意書きがされていたので、一応筋を通すためにさっきはわざわざカウンターまで出向いたのでした。

でもあちらがああいう態度に出るのなら仕方ありません。
僕は誰も見ていないことを確認し、すばやくスイッチのカバーを開け、設定温度を24度から一気に26度へ。

そして何事もなかったかのように教室へ戻りました。


おー、快適快適。

先程までここは南極かと思うほど極寒の地だった教室内が、暑くもなく寒くもない、まさに適温に保たれ始めたのです。

他の生徒さんたちも、心なしかさっきより血色もよく活動的になった様子。
ついには上着を脱いで半袖姿になる女性の姿も。



そこで僕は気づいたのです。

この教室の温度は、今まさに自分の手の中にあるのだと。

暑さ寒さも自分次第。

僕のさじ加減一つで、この部屋は地獄から天国へ。
南極から亜熱帯へ。
自由自在に。


もしや、これは神に近い存在なのでは…。


そう、私は全知全能の神!


皆の者、ひれ伏すがよい!!


我を崇めよ!!


さすれば適温を授けよう!!


逆らったものには天罰(22度・強風)を与えん!!


思い知るがよいわ!!


ヒャーーーー、ハッハッハ!!!










※注:変なクスリは使用しておりません。

「祈る子」と書いて祈子 

reiko


個人的に懐かしいドラマとしてまず頭に浮かぶドラマがあります。

それが『プロゴルファー祈子(れいこ)』。


もう細かい設定とかは忘れてしまったんですが、とにかくインパクト大なドラマでした。

ストーリーもうろ覚えなんですが、確か主人公の祈子が父親の無実を晴らすために悪者達と戦う、みたいな話だったような…。

そしてもっとも印象的だったのが、安永亜衣扮する祈子の武器。


このドラマのタイトルは何でしたっけ?
そう、プロゴルファー祈子です。

何と彼女は、そのゴルフの腕を活かし、火をつけたゴルフボールを敵に打ち込むという技で悪人どもをやっつけていくのです。

何ちゅう設定…。


『セーラー服反逆同盟』といい、このドラマといい、よくもまあそんな奇想天外な発想が出てきたものですよね。


でも当時中学生だった自分は見事にこのドラマにハマり、毎週楽しみに観ていたのでした。



何だかふと思い出したのでこの記事を書いたんですが、また観たくなってしまいました。
ビデオ化とかされてるんだろうか。

「ホラー」っていう感じではないけど… 

例えば本や映画、ドラマにしても、何回読んでも(観ても)同じところで泣いてしまうものってありますよね。
泣くのが分かってるんだから観なけりゃいいんだけど、その作品が好きなのでついつい繰り返して観てしまう。

つい最近、自分にとってそういう対象になるであろうマンガと出逢いました。


それが角川ホラー文庫から出てる、『人面瘡 ~手塚治虫怪奇アンソロジー~』という文庫本に収録されている『四谷快談』という作品。

その名の通り、四谷怪談をモチーフにした(というより単にお岩さんが出てくるだけなんだけど)マンガなんですけどね。
簡単にあらすじを説明すると…

片目が見えない戦災孤児・“平公”はある日、車に轢かれそうになった白蛇を助ける。
実はそれは“お岩さん”の化身だった。
お岩に母親の姿を求める平公は、彼女と共に暮らすようになるが、やがてもう片方の目も視力を失ってしまう。
その時お岩はある決心をする…。



みたいな感じ。
まあ、ここまで説明したら「ある決心」も何もあったもんじゃないんですが(笑)。


ありがちといえばありがちだとは思うんです。こういうストーリー。

でも、手塚治虫独特の飄々とした、ところどころにギャグ的なものを挟んだ手法で描かれているものだから、余計に最後が切なくて。

何度読み返しても同じところで涙が出ます。

戦争で母親を亡くした平公にとって、お岩は本当の母親のように、そして恋人のように愛情を注いでくれる存在だったんでしょうね。

その愛情の深さと戦争の残酷さを、短いマンガの中にひしひしと感じられる名作だと思います。



戦争の残酷さといえば、他にもこの文庫の中に収録されている作品で心に残ったマンガがありました。
『新・聊斎志異 お常』というマンガ。

敗戦直後のF大農事研究所では、ある国の依頼で猛毒化学兵器を開発していた。
その開発のための動物実験に供される動物の面倒をみていたのが、ヒデという少年だった。
ヒデはF大病院の精神科に入院していた孤児で、誰も引き取り手がいなかったため、研究所で引き取って動物の世話をさせていたのだ。
そんなある時、猛毒兵器の威力を試すため、人体実験をすることになり、ヒデがその実験体に選ばれたのだった。



これは本当に切なくて悲しくて、どうにもやり切れない話なんですよね。
またヒデって子が、すごく優しい子でね。
動物好きなもんだからその世話をさせられてるんだけど、結局その動物達も殺されていくわけです。動物実験のために。

それでもヒデは、身寄りもないし行くところもないので、一所懸命働いてるんです。
なのに、その身寄りがないという理由で人体実験に使われてしまう。

こういうことが実際にあったのかどうかは知らないけど、このマンガを読んでると、戦争というものがいかに人を狂わせるかということがひしひしと伝わってきます。

すごく後味が悪い作品だけど、いつまでも心に残って胸を締め付けられる傑作じゃないでしょうか。


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そのピンクだったの?! 

P!nk1

フォー!!





P!nk2

イタタタ…。転んじゃった!てへ。





P!nk3

ちょっと!!
アタイをどこの星に打ち上げるつもりだい!!??





てなわけで(どういうわけだ)、P!nkの『Try This』というアルバムを最近聴いてます。
まあ、レンタルなんですけどね。


前作『M!ssundaztood』が結構好きなアルバムだったんだけど、この『Try This』は確かあんまり売れなかったという噂を聞いたことがあり、正直それほど期待はせず。

でもいざ聴いてみると、思ったよりよかったです。
バラードあり、ロックあり、ポップスありでバラエティに富んでるし。

ただ前作より地味といえば地味かも?
曲自体はそうでもないんだけど、インパクトがね。
何か弱い気が。


まあ、そんなことはそれほど気になることではないんですが。
相変らず声はカッコいいし。

こりゃ『I'm Not Dead』も聴いた方がよさそうかなー。


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ちなみにウィキペディアによると、P!nkという名前の由来は、「親友のゲイの男の子に、”女の子のアソコを見たことがないから、見せて”とせがまれて、仕方なく見せたら、”女の子のはピンクなんだ”と言われたのが始まり」と語っているらしいんですが、本当か嘘かは別にして、彼女らしい感じがしますね(笑)。

トゥギャザー出来ず 

この人は本当に心から「MOTTAINAI」精神に基づいて活動しているのだろうか…。
ルー大柴をテレビで見るたびにそう思う自分がいます。

いや、実際真面目に取り組んでるんだとは思うんですが、何しろ本人のイメージがアレなもんですから(アレって何)。


そういえば最近、彼のブログが若者を中心に人気だとか(と言っても、あくまでネットなどの芸能ニュースで見た情報なので、どこまで信用していいのか分かりませんが)。
彼の駆使する、中学レベルの英単語を会話の中に取り入れて話すという手法がウケているのだそうです。


そこで早速先ほど見に行ってみました、ルーブログ


…とりあえず読み辛い(笑)。

ルー語(?)に加えて、やたら絵文字も駆使されているものですから、文章を読んでいるというよりは記号を解読する感じ。
しかし、それが逆に、彼の「クドい」というキャラクターと重なる部分があり、若者に人気らしいのです。


それにしても、本当にそんなに人気が高まっているのでしょうか。
ルー語に関する本が書籍化までされるほどに。


芸能界(というかテレビ界?)では最近、「○○が今大人気」「○○がCMの女王に」みたいな芸能ニュースを流すという手法で、ありもしない人気を無理矢理作り出す風潮があると思うんですが、これはそういうのとは違うんでしょうか?

全くファンの存在が見えない女優が、なぜか人気がある(ということになっている)こととは別物なんでしょうか?


…謎。




ちなみに、彼のプロフィールに、どじょう・メダカ・ヤゴなどの水辺の生き物の捕獲・飼育、切手・葉書集めが趣味と書かれているのを見て、ちょっと和んでしまいました。
もしかしたらテレビで見るより地味な人なのかも。

神様お願い 

実は今、ちょっと気になる人がいるんです。
気になるって言っても恋バナとかじゃないところが悲しいんですが…。

彼は年の頃なら50代前半ぐらい。
そう、所謂オッチャン。

僕のバイト先が某駅に近いということもあり、その近辺をウロウロすることが多いんですが、やたらとそのオッチャンを見かける機会が多いのです。

これが、特定の時間に特定の道で擦れ違うとかだったら何も思わなかったでしょう。

ところが、そのオッチャン、某駅を中心とした一定の範囲で、あらゆる場所に姿を現すのです。

ある時は犬の散歩、ある時はチャリンコに乗り、またある時は徒歩。
共通しているのは、常にラフな格好であるということ。

常に気楽な様子で、のほほんオーラを発しながら某駅付近をうろつく中年男。

正直最初は少し怪しむ気持ちがありました。
たまに他人の家を勝手に覗いてる時もあったし。

でも、オッチャンの顔を見てると、どうしても悪人には思えない。

そこで僕は一つの結論に思い至りました。
彼はもしや神様では…?

某駅を中心とした地域に昔から住まう、守り神なのではないかと。

そういえば連れてる犬もどことなく神々しい光を放っていたような…。

これからもチャリンコの上から我々を見守り続けて欲しいものです。

貧乏神じゃありませんように。

大げさかもしれないけど… 

今回の騒動(?)に関して、自分自身かなり反省している部分があります。

それは、人の考え方や基準はそれぞれ違っていて、まさに千差万別であるということ。
そんな当たり前のことをいつの間にか忘れてしまっている自分がいました。

そして、自分の考え方が受け入れられないぐらいで、オロオロしたり落ち込んだりして、周りの人にも色々迷惑をかけてしまいました。

その点に関してお詫びします。


今回、自分が今まで信じてきた、書いていいことといけないことの基準が、もしかしたら完全に間違っているのではないか、自分は人格的に問題があるんじゃないかという不安に襲われ、本気でブログを消そうかと思うほどショックを受けました。

自分が今までネタのつもりで書いてきたことでも、実はみんな引いてたのかもしれない。
「面白い」なんてコメントしてくれてた人も、本当は気を遣ってそう言ってくれてただけかもしれない。

そう思うと、何だか自分が裸の王様になった気持ちで、いたたまれないほど恥ずかしい気持ちになったのです。


もちろん、面白いと思う基準なんてそれこそ十人十色で、同じものを見ても人によって感じ方は違うと思うんですが、書いていいことといけないことの基準はもっと精度が要求されるものだと思います。

それを間違えると、無差別に人を傷つけるだけの文章になりかねないし、批判と称して個人を攻撃するだけのものになってしまう恐れがありますから。


その辺り、よくよく考えて記事を書かないといけないということを、今回痛感しました。



その上で改めて思うんですが、今回の騒動の元となった記事に関して、書いてはいけないことを書いたとはどうしても思えないんです。
これがもし、個人を特定できるような内容(どの番組に出てた何という名前の家族、とか)だったら、それはもちろん問題外でしょう。
ただの誹謗中傷と受け取られても仕方ないと思います。

でもあの記事は、その特定の家族を批判するものではなく、一般的な意見として、とにかく子供を有名人にしたい、タレントになってガッポリ稼いで欲しいという親のエゴの気持ち悪さを皮肉ったつもりで書いたものであり、もちろん文章力(あるいは説明?)が足りないことは認めますが、その意図は伝わるんじゃないかと…。


そして、記事に対する批判のコメントが、自分にとって納得できるものであればまだよかったんですが、残念ながらそういう内容ではありませんでした。

2つ目の記事に対するGJさんという方のコメントなんて、もはや意味が分かりません。
なんでわざわざその家族に面と向かって言わないといけないんでしょう?
その理屈が正しいのなら、「○○の歌、嫌い」なんてこともブログに書けなくなりますよね。
だって、そんなの本人目の前にして言えませんし。

しかもこの方、名誉毀損という言葉まで出してきてるんですが、あの記事の一体どこが名誉毀損になるというのでしょう?
何ら個人を特定できる要素のないこの記事の、一体どこが名誉毀損…?
頭の悪い僕にも分かるように説明していただきたいものです。


そして、シス姐さんという方のコメントにはガッカリさせられました。
何しろ、「心の残念な人」とまで言われましたから。
一体何の権利があって、こんな言葉を見ず知らずの人間に投げかけられるんでしょう?
よしんば、僕が誰かに対して「あなたの顔は残念な顔だね」などと言い、その相手から「あなたの心の方が残念じゃない」と言われるならまだしも。

このことに関する疑問は2つ目の記事中にも書いたんですが、いまだ回答は得られていません。



今回、なんでこんなに必死で書いてるのかというと、この問題が今後の自分のブログ生活に大きく影響するからです。
こんなこと自分で言うのは心底恥ずかしいんですが、うちのブログって所謂“毒舌”的な記事の多いブログだと思うんです。
自分自身、元々ブラックなユーモアが好きだったりしますので。

そういうブログにとって一番大事なのが、書いていいことといけないことの区別ではないでしょうか。
そのラインを踏み外すと、全然笑えないものになってしまうから。

記事を書くときにいつもそのことが気にかかります。
自分の感覚が正しいのかどうか。

もちろん、ラインを踏み越えてなくても、人によって受け止め方は様々なので、不快に感じる人もいるでしょう。
でも、あくまで重要なのは、絶対に書いてはいけないギリギリのラインなんじゃないでしょうか。

法的にNGとか、人道に外れてるとか、大半の人が不快に感じるとか。


だからこそ、その線引きがものすごく大事だと思うんです。
その感覚が世間一般と大きくズレてるのなら、僕はブログなんて即刻止めます。
自分の文章で多くの人が不快な思いをしてるかと思うと、怖くて書けませんから。


今回のことは、まさに自分のブログ生活の根幹を揺るがすものでした。
だからとてもショックを受けました。

でもいまだに、自分の感覚が一般大衆とそんなに大きくかけ離れてるとは思えないのです。
そう考えてること自体、傲慢と言われればそうなのかもしれません。

だけど、傲慢だとしてもそう思わないと、ブログなんて書けません。
他の人はどうか分からないけど、自分にとってブログとはそういうものです。


もし今回の一連の記事が、多くの人にとって不快で許しがたい内容であるのなら、それを僕に論理的に分からせてください。
もしそれが納得いくものであれば、ブログなんてもう止めます。


何を大げさな、と思われるかもしれませんが、本気でそう思ってます。


自分は頭が悪いです。
謙遜などではなく、本当にそうです。
一生懸命論理的な文章を書こうと取り繕ってるけど、実際は全然…。

それでもブログを書くときは、出来るだけ考えて書くようにしてますが、過ちを犯すこともあると思います。
だからこそ、色々なことを知りたいんです。

ご意見があればお待ちしています。

頑張れ、ブス 

前回の記事では、批判的なご意見もいただき、自分としてはかなり反省しております。

そこで、前回の記事は消さずに、謝罪の意味もこめてあの家族にエールを送りたいと思います。


本当にすいませんでした。
よくよく考えてみれば、どんなに人並みはずれたブスでも、モデルを目指しちゃいけないなんてことないんですよね。

いくら似合っていない高価な服でも、金さえあればいくらでも買い与えるのは、ご家族の自由だし、それもモデルになるためのセンスを培うための投資と思えば全然無駄じゃないと思います。

それに美の基準なんて、そのうち変わるかもしれませんし。
平安朝では美人とされた顔でも、現代においてはそうではないという例もあります。
そう考えると、あと1000年ぐらい経てば、娘さんの顔立ちも「美人」という評価が与えられる時代が来るのかもしれませんよ。


それに、シス姐さんという方の情報によれば、ブスでもモデルになれるんだそうです。
僕はついつい、テレビや雑誌で見かけるモデルさんがみんな可愛く美しい人ばかりなので、美人じゃないとモデルになれないと思い込んでたんですが、どうやらそうではないようです。

ホントよかったですね。


モデルになるということは、大衆の目に晒される機会も多くなり、もしかしたら外見的な評価を下される機会が増えるかもしれませんが、そんなのは気にせず頑張って欲しいです。
なぜならその道を選んだのは、他でもないあなた達自身なのですから。


これからもずっと応援し続けますので、頑張ってモデルの道を目指して精進してください。





あ、そうそう、最後にシス姐さんという方に質問なんですが、「人の容姿をけなせる貴方は美形なの?」という質問の意図は何なんでしょう?
よしんば僕が美形であれば、他人の容姿をけなす資格があるということなのでしょうか?
それこそ酷い話のようにも思えますが…。
それに僕自身は、モデルでもタレントでもなく、自分の容姿を人に評価される立場にないので、美形だろうがブサイクだろうが全く関係ないと思うのですが。

あと、見ず知らずの人の容姿を批評するのはよくなくて、見ず知らずの人に「心が残念な人」という言葉を投げつけるのは許されるという理屈が僕には分からないんですが。

よかったら無知な私にご教示願えませんでしょうか?

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